社会

街が死んでいる【まん延防止措置】

街が死んでいる【まん延防止措置】

今回は、先週土曜日の夜に六本木へご飯を食べに行った時に感じたことと、日本のコロナへのくだらない対応についてです。

 

夜の六本木で感じたこととしては

街が死んでいる

です。

 

土曜日の夜の六本木ですから、普段であれば人だらけのタクシーだらけです。

しかし、コインパーキングには全く車は停まっていませんでしたし、タクシーもほとんど見なかったですね。

何より歩いている人の数がとんでもなく少なかったです。

食べに行ったお店も、土曜日の夜であれば普段は満席になるような店ですが、空席が目立っていました。

街が閑散としていて、死んでいるように感じました。

 

まん延防止等重点措置がスタートする前の段階でそのような状況ですから、スタートしたらとんでもないことになることは間違いなさそうです。

どうでもいい「オミクロン株」の恐怖を煽るメディアや政治家に洗脳されて、多くの人が外に出ないように「自粛」という無意味なことをしているんですかね。

 

政治家やメディアだけでなく国民も、日本の無能を晒しているのです。

何で気付かないんですかね。

そんなことをしても何の意味もないのですけどね。

 

日本だけが大騒ぎ

またしても2022年1月21日から、日本の至る所で「まん延防止等重点措置」という感染対策に役に立たない上に、経済を破壊する茶番がスタートしました。

ロックダウン・緊急事態宣言・時短・自粛などが、感染防止に無意味なのはデータとして明確に出ているのですけどね。

また、お酒が感染拡大に一役買っていると思っている人たちがいるのにも驚きます。

控えめに言って、思考停止の馬鹿です。

 

そもそも「オミクロン株」というのが急拡大しているとか騒いでいますが、どうでもいいわけです。

まず

PCR陽性は新型コロナ感染ではない

というのは当たり前のことですね。

これを知らずに騒いでいる人は、字を書けないのに受験だと騒いでいるようなレベルなので、もはや黙っておいた方が良いです。

 

まあ1万歩譲って、報道されている感染者数が正しかったとしても、それが一体どうしたというのでしょうか。

死者数は毎日数人レベルですよね。

だいたい1人やら2人やらですし、0人の日もあります。

インフルエンザでは例年、1日平均100人近く亡くなるのと比べたら、どれだけ弱いウイルスなのかは誰にでもわかりそうなものです。

新型コロナによる死亡のカウントは、PCR陽性であれば死因が何であれコロナ死とされます。

交通事故でもです。

ですから、本当にオミクロン株で亡くなっている人がいるかすら疑わしいです。

無症状で何も問題がない人をPCR検査しまくって陽性者数を増やして、それを感染者数と嘘をついて不安を煽っているわけです。

そして多くの日本人が騙されているのです。

 

オミクロン株が大して脅威ではないことは、世界中で認知されています。

アメリカやオミクロン株の発生源と言われる南アフリカをはじめとした世界各国で、オミクロン株に対しては基本無視の方向に舵を切っています。

イギリスに至っては、「あらゆる規制の全面解除」を打ち出しましたよね。

ジョンソン首相の英断です。

こういう決断をすることこそが、政治家の役割のはずなんですけどね。

 

そもそも日本は、オミクロン株に限らず新型コロナ全般に関しての被害が極小なのは明らかな事実です。

仮に欧米などの国に対して新型コロナが恐ろしいウイルスだったとしても、日本人にとってはインフルエンザ以下の弱毒ウイルスであることは数字を見れば誰にでもわかります。

 

それなのに、外国諸国が規制を緩和する中で、日本だけが規制強化に張り切って進んでいるわけです。

バカ以外の何物でもありませんよね。

いつになったら気付くのでしょうか。

本当に迷惑です。

 

やっている感を出す政治

ではなぜ日本の政治家は、全く非合理的なことを推し進めるかと言えば

何か「やってる感」を出すため

でしょうね。

 

「自分たちは感染対策を一生懸命考えて、色々な手を打っていますよ」と言いたいのです。

言ってみれば人気取りです。

自分たちの評価が上がれば、実際に大切なことが何かなんて、どうでもいいわけです。

「国民みんなの味方」を気取りたいのでしょう。

 

本来政治というのは、誰にもプラスになるようなことは不可能です。

全体を良い方向に向かわせるため、やむを得ないある一定の犠牲を払うことを決断することこそが、政治家の役割のはずです。

全くその役割を果たしていませんが。

全ての政治家が果たしていないとは言いませんが、ほとんどの政治家は私利私欲のためにやっているように見えますね。

それか、裏に想像もつかない大きな力があるかですかね・・・

 

ただ、問題は政治家が人気取りのための行動ばかりすることではありません。

政治家が事実や科学的根拠に反した上辺だけのおかしな政策をやっても、人気が取れてしまうことこそが問題なのです。

つまり

国民の判断が間違っている

ということです。

コロナ騒ぎを見れば、明らかなことですけどね。

 

政治家が無能 = 国民が無能

ということです。

 

「経済よりも命の方が重い」とか言うバカ

これだけ日本の経済が痛めつけられても

経済(お金)よりも命の方が大切

ということを言うバカがいますね。

 

まず新型コロナのどこが命の問題なのでしょうか。

日本において新型コロナが命の問題なのだとしたら、インフルエンザも命の問題にならなくてはおかしいですよね。

 

そして、「経済か命か」ではありません。

経済が壊れるということは、命の問題になり得ます。

日本が資本主義社会である以上、経済というのは命を守る必須項目です。

 

経済が壊れて貧困化が進んでしまえば

・治安は悪くなり犯罪率が上がる

・自殺が増える

・子どもたちの未来が壊れる

など社会は暗くなっていき、失われる命も増えてしまいます。

 

そんなことも理解できていない人が大勢いるのです。

 

子どもにワクチンをうたせるバカ親

オミクロン株茶番の中で、粛々と進められているのが「子どもへのワクチン接種」の動きです。

これまでも12歳以上の子どもにはワクチン接種を推奨されてきましたが、ついに5~11歳についてのワクチン接種もまもなく始まりそうです。

メディアは、オミクロン株の拡大は子どもたちが感染源になっているというような報道をして不安を煽って、子どもたちのワクチン接種を誘導していますよね。

まさにマスゴミです。

 

新型コロナにおけるこれまでの死者数は

10歳未満  0人

10歳代   4人

です。

ちなみに、10代の4人にはPCR陽性で交通事故死の方や、元々コロナとは関係なく相当重病だった方などが含まれています。

 

子どもたちにワクチンを打つ意味がありますか?

仮に新型コロナに本当に感染したとしても、子どもたちは問題ないのです。

ワクチンは重症化を防ぐのが主な目的で、感染予防の意味はほとんどないというのは当初から言われていることです。

子どもたちにワクチンを打つ理由が、まるで存在しません。

 

さらに言えば、もしワクチンを子どもたちに打つことで大人への感染を減らせるとしても、ワクチンが100%安全でない限り、子どもたちには打つべきではありません。

子どもたちに大人のリスクを背負わせる社会なんて、最低で存在価値すらないでしょう。

 

社会において大切な順番は

1.子ども

2.労働世代

3.高齢者

です。

当たり前ですよね。

子どものために大人が犠牲になるのは当たり前ですが、その逆はあってはならないことです。

 

それなのに、自分の子どもにワクチンを積極的に打たせようとする親がたくさんいます。

それで自分の子どもに何かあったら被害者面するのでしょうが、それは大きな間違いです。

親も加害者であり、何なら主犯格です。

 

自分の子どものために、どうしてあらゆることを調べないのでしょうか。

テレビや政治家に対して、なぜ妄信しているのでしょうか。

普段は政治に文句を言っているのに、どうしてこのような時には信じるのでしょうか。

 

子どもを守れるのは、社会ではありません。

親しかいないのを肝に銘じなくてはなりません。

 

まとめ

・人がいなくて町が死んでいる

・オミクロン株で、世界中で日本だけが大騒ぎ

・政治が無能なのは、国民が無能だから

・子どもにワクチンを打つな!!

 

はっきり言って、自粛したい人は勝手に自粛すればいいし、ワクチン打ちたい人は勝手にワクチン打てばいいです。

バカは死ななきゃ治らないので。

ただし、自粛しない人やワクチンを打たない人に対して、あれこれ言うのは違いますね。

ゴミみたいな同調圧力をまき散らすくらいなら、いつまでも家に籠っていてもらいたいものです。

 

ガリレオの「それでも地球は回っている」でもわかる通り、社会というのは間違っていることに気づけませんし、自分自身を疑いもしません。

科学的にいくら間違っていようが、自分が理由もなく信じていることを事実にしてしまうのです。

だからこそ、科学が社会に負けることが起こるのです。

・資源問題

・温暖化問題

・財政破綻論

などは典型的な例です。

 

いい加減に気付いてほしいですが、無理なのかもしれないですね。

せめて気づいていてまともな感性を持っている人は、バカは相手にせず気にせずいて欲しいです。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。