今回は、「睡眠のタイミングを決める2つの要素」についてです。
結論としては
睡眠のタイミングは、「概日リズム」と「睡眠圧」で決まる
となります。
誰もが知る通り、健康のために重要な3つの柱は
・食事
・運動
・睡眠
です。
今までは3つの中で最も重要なことは食事だと言われてきましたが、最近の研究のよれば、睡眠こそが最重要だとも言われ始めています。
睡眠こそが、心身を健康に保つための最強の薬だということです。
しかし同時に、現代人の多くが慢性的な睡眠不足の状態にあることも事実です。
現にWHOは、「睡眠不足は現代の流行病である」という宣言も出しています。
睡眠不足は、精神疾患も含めた様々な病気のリスクを高めてしまったり、記憶力や思考力や創造性といった様々な能力を低下させてしまいます。
当然、寿命も短くなってしまいます。
ですからほとんどの現代人にとって、睡眠に関する正しい知識を手に入れて実践することは
・仕事の生産性
・心身の健康
・健康寿命
・人間関係
など、人生において重要な様々なことを改善することに繋がると言えます。
それでは、まずは人間が寝るタイミングというものが、どのように制御されているのかについて説明していきます。
寝るタイミングは、人間の身体に備わった2つの要素で制御されています。
その2つとは
・概日リズム(サーカディアン・リズム)
・睡眠圧
です。
概日リズム

睡眠のタイミングを制御する要素の一つ目が、「概日リズム」です。
馴染みの深い言葉で言えば、「体内時計」です。
概日リズムとは
人間の脳には、体内時計(生物時計)が備わっています。
体内時計は約24時間周期のリズムを刻んでいて、そのリズムのことを「概日リズム」と言います。
概日リズムがあることで、人間は「朝起きて、昼間に活動して、夜に寝る」というサイクルで生活することが出来るのです。
この概日リズムは、太陽の光によって制御されているものではなく、仮に太陽の光が無かったとしても約24時間周期のリズムを刻み続けます。
太陽光の届かない洞窟の中で1カ月以上も生活して、概日リズムが太陽光に依存しないことを証明したそうです。
また概日リズムは人間特有のものではなく、寿命が数日以上の植物を含めた地球上全ての生物(菌類なども含む)は、約24時間周期の概日リズムが備わっています。
但し、海洋生物など一部の生物は2つ以上の体内時計を持っていることなどが分かっています。
今後、人間についても新たな事実が発見されるかもしれません。
全ての生物が約24時間周期のリズムを刻みますが、人間の概日リズムは24時間より少し長く、平均すると24時間15分です。
毎日15分ずつ誤差が発生してしまうわけです。
誤差が積み重なっていってしまうと、当然ながら24時間周期での生活が難しくなってしまいます。
ですから、人間の脳にはこの誤差を補正する仕組みが存在します。
脳は、太陽光などを利用して体内時計をリセットすることによって、平均24時間15分の周期を24時間周期に調整しているのです。
調節機能があることで、人間は24時間単位のタイムスケジュールで生活ができるわけです。
この体内時計のリセットによる調節機能を担っているのが、脳の中心部あたりに存在する「視交叉上核」という部位です。
視交叉上核は、「メラトニン」というホルモンを使って、体に昼と夜の情報を送って概日リズムを調整しています。
メラトニン
メラトニンは「睡眠ホルモン」とも呼ばれ、眠りを誘う作用のあるホルモンで、概日リズムの24時間との誤差を調節しています。
このメラトニンは、太陽光によって分泌が制御されています。
日が沈んで暗くなると、視交叉上核は脳の奥深くにある松果体に指令を出して、松果体にメラトニンを分泌させます。

その後、夜から朝にかけてメラトニンは減っていきます。
そして太陽の光にあたることによって、視交叉上核から松果体にブレーキの指令が出て、メラトニンの分泌が止まるのです。

図からわかるように、夕方以降にメラトニンの濃度は上昇していき、真夜中過ぎにピークに達します。
そして日の出頃には、ほぼ無くなっていますね。
つまり
・メラトニンが増える → 眠くなる
・メラトニンが減る → 覚醒する
というわけです。
このメラトニンの作用によって、概日リズムと24時間とのずれを調整しているのです。
ちなみに、視交叉上核が太陽光によって体内時計を調節できるのは、1日につき1時間までです。
ですから、仮に海外旅行などで時差が10時間あるところに行ったりすると、体内時計を調節し終わるまでには10日間かかってしまいます。
そのためパイロットやキャビンアテンダントなどの職業の人たちは、頻繁に飛行機で違う時間帯の場所に移動するので、体内時計を調節しきれません。
時差ボケは、心理的ストレスにもなり身体的にも大きな影響を受けてしまうのですが、それが日常的に起こってしまうのです。
実際に、パイロットやキャビンアテンダントなどに対して調査を行った結果
・脳の学習や記憶に関する部位が小さくなっていた。
・短期記憶が著しく低下していた。
・がんやⅡ型糖尿病などのリスクが、平均よりも高くなっていた。
という事実が分かったそうです。
睡眠のリズムが狂わされることで、健康被害や脳の機能低下が起こるということです。
ちなみに時差ボケの場合は、メラトニンのサプリを飲むと多少なりとも悪影響を小さくすることが出来ます。
睡眠圧

睡眠のタイミングを制御する要素の二つ目が、「睡眠圧」です。
そしてその睡眠圧を司っているのが、脳内にある「アデノシン」という物質です。
アデノシンは起きている間はずっと増加し続けるため、起きている時間が長ければ長いほど、脳内のアデノシンの量は多くなります。
そして、このアデノシンの量が多いほど、眠くなります。
これが、睡眠圧です。
睡眠圧は、概日リズムのように24時間のリズムを刻んでいるわけではありませんし、太陽光に影響を受けるわけでもありません。
起きている時間に比例して強くなるのが、睡眠圧なのです。
そして、睡眠をとることでアデノシンの量は減少していきます。
減少量も睡眠時間に比例して減っていきますから、睡眠時間が短いとアデノシンが残ってしまい、日中も眠気に襲われるようなことが起こります。
つまり
・起きている → アデノシン増加 → 睡眠圧が強くなる
・眠る → アデノシン減少 → 睡眠圧が弱くなる
ということです。
ちなみに、カフェインはアデノシンの受容体を占拠することで、眠気をブロックします。
コーヒーなどを飲んで眠気を覚ますのは、睡眠圧を一時的に感じなくさせているということです。
睡眠のタイミング

では概日リズムと睡眠圧がどのようになって、睡眠のタイミングが決まるのかを具体的に見ていきましょう。
概日リズムと睡眠圧は、それぞれ別々のシステムなので、連動せずに各々で動いています。
図で表すと以下のようになります。

図の見方は
・睡眠圧は、上に行くほどアデノシンの量が増え、睡眠圧が強い
・概日リズムは、上に行くほど覚醒している状態
となります。
睡眠圧は起きている間は、増え続け、睡眠によって大きく減少しているのがわかります。
概日リズムは朝は覚醒していて、午後11時頃になると覚醒力が最小になっているのがわかります。
この図においては、実線と点線の差が大きいほど眠い状態で、差が小さいほど覚醒している状態ということです。
午後11時頃にその差は最大になり、睡眠をとった後の午前7時頃に最小になっていますよね。
このように、概日リズムと睡眠圧という2つの要素によって、眠さと覚醒が決まってくるのです。
ちなみに徹夜をしたとき、一時覚醒して、その後強烈な眠気に襲われるという経験をしたことがあるのではないでしょうか。
その理由も、概日リズムと睡眠圧の図で説明することが出来ます。
徹夜をすると、概日リズムと睡眠圧は以下のようになります。

徹夜をしたとしても、概日リズムは一定のリズムで上下しますが、睡眠圧は起きている間は増え続けます。
初日の午後11時頃には、睡眠圧と覚醒力の差は大きく開くため、眠気を感じるようになります。
そこで眠らずにしばらくすると、アデノシンは増え続けて睡眠圧は上がりますが、概日リズムも上がってきて覚醒力も上昇します。
そのため、一時的に実線と点線の差が減少するため、眠気が弱まり覚醒したように感じるのです。
そしてさらに時間がたつと、睡眠圧がさらに上がるだけでなく、概日リズムも下がって覚醒力も低下します。
そのために、2日目の夜には、限界まで眠い状態になってしまうわけです。
まとめ

・睡眠のタイミングを決める要素は、概日リズムと睡眠圧。
・人間の概日リズムは平均24時間15分。
・視交叉上核がメラトニンによって、24時間との誤差を調整する。
・睡眠圧は起きている間増え続けるアデノシンの量による。
タイミングや概日リズムの長さに個人差はあれど、睡眠は誰しもがこのようにデザインされています。
しかし現代人の多くは、この本来的な睡眠デザインを大きく逸脱してしまっています。
パイロットやキャビンアテンダントの例でも分かるように、睡眠のリズムが崩れると様々な悪影響が発生します。
睡眠を疎かにしては、健康で自分の力を発揮できる人生は送りにくくなってしまいます。
適切な睡眠こそが、豊かな人生の土台になることは間違いありません。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。