今回は、「多数決による民主主義の矛盾」についてです。
結論としては
・現在行われている多数決は、本質的には多数決にすらなっていない
・根本的な原因は、「自分さえ良ければ良い」の精神
です。
民主主義をとっている国は、様々な場合において多数決を意志決定の方法にしています。
本来的には「民主主義=多数決」というわけではありませんが、多数決は分かりやすく使い勝手がいいために使われることが多いですね。
民主主義を簡単に言えば
みんなで相談して、社会の方向性などを決めていく
というものです。
そのため、1億人以上の人口がいる日本で民主主義を行おうとすれば、全く何も決まらないことは明らかです。
ですから、選挙などで多数決で議員を決め、議員の多数決で様々なことを決定する仕組みになっているわけです。
多数決を繰り返していくわけです。
多数決を繰り返せば、その都度少数派の意見は切り捨てられます。
「多数決は少数派の意見が切り捨てられてしまう」というのがデメリットと言われていますが、このようなことを考えると、
むしろ反映されるのはほんの少数の人たちの意見でしかない
ということがわかります。
このことは、多数決をベースにした民主主義の欠点ですが、それ以上の欠点が存在します。
それは
その時に生きている人たちだけで多数決をしている
ということです。
当たり前のことですし、どうしようもないことではありますが、それこそが多数決最大の欠点であり矛盾でもあります。
それでは、どういうことなのか説明していきます。
本当の多数派は未来の世代

当たり前ではありますが、選挙などで多数決をとる場合に、投票できるのはその時生きていて投票権がある人たちだけです。
未来の世代を担う子どもたちや、今後産まれてくる人たちには投票することはできません。
「その時に生きていて、参政権を持っている人の中での多数派の意見」が通るのが多数決です。
しかし、例えばこの先100年後まで考えてみた場合、今生きていて参政権を持っている人は少数派です。
多数派は、投票することはできないこれから産まれてくる未来の世代です。
時代はずっと繋がっていきます。
今の私たちがいて、恵まれた環境で生きていられるのは、私たち自身の成果ではありません。
先人たちが、作ってくれた社会の上に、私たちが乗らせてもらっているだけです。
過去の先人たちは自分たちのことだけでなく、子どもたちや未来の世代のことを思って、戦争で命を落としたり、遮二無二に働いて日本を復興させてきたはずです。
そのような流れは、民主主義が始まるはるか昔からずっと続いてきています。
つまり私たちも、今は投票が出来ない子どもやその先の子孫たちのことを考えて、社会を作っていかなければならないのです。
というよりは、今の自分たちのこと以上に、子どもや未来のことを最優先で考える必要があるのです。
多数決をとるにしても、一人一人が未来の世代のことを考えた上で、判断しなくてはいけません。
今だけ、金だけ、自分だけ

しかし現状は、そのようなことから遠くかけ離れてしまっています。
まだ見ぬ未来の世代のことはおろか、現在の子どもたちのことさえも考えられていません。
今だけ、金だけ、自分だけ
が蔓延っています。
高齢者を優遇し、子どもや子育て世代は負担などを増やし続けて冷遇しているわけです。
つまり、「今参政権を持っている中での多数派」である高齢者の顔色を伺う世の中なわけです。
そして多くの高齢者は、自分たちへの待遇がどうなるかで、投票先を決めます。
お年寄りが安心して生き生きと暮らせる社会へ
というような馬鹿げた演説が、選挙中はよく聞こえてきますよね。
そこに、子どもたちのことや未来の世代のことは、なかなか出てきません。
高齢者の優先順位が、子どもや未来の世代よりも高くなっているのです。
もちろん、高齢者が生きやすい世の中であることは、重要なことです。
しかし、その優先順位は子どもや未来の世代よりも、はるかに下のはずです。
そのような当たり前ことすらわからず、自分たちの権利だけを主張する連中ばかりが多数決をすれば、歪んで腐りきった結果になるのは明らかなのです。
そして、現在の多数決による民主主義は、そのようなものに成り下がっているわけです。
システムで是正する

このような状況を改善するために、どのような方法があるのかを考察してみます。
最善のことは
日本全体が利他の精神を取り戻し、子どもや未来のことを最優先に考える
ということなのは、間違いありません。
しかし、残念ながら現実的には相当ハードルが高いと言わざるを得ません。
諦めてはいけませんが、日本人が古来からの精神を取り戻すことが出来たとしても、相当長い時間がかかるでしょう。
GHQに歪められた教育を正しいものにして、その上で日本人の精神を取り戻さなくてはなりません。
長い時間をかけて、少しずつ心を取り戻すしかありません。
実質的な主権を持っている高齢者が、子どもや未来のことを最優先に考えてくれれば、それですべてが解決なんですけどね・・・・
そしてそうやって日本は世代を繋いできたんですけどね・・・・
それよりも早くある程度是正できる可能性があることとしては、システムによるものが考えられます。
シルバー民主主義と言われる今の選挙の実態を変える必要があります。
となれば、1票の重さに傾斜をつけるのが有効ではないでしょうか。
若い人や子どもがいる人たちの票は重く、リタイアした人の票は軽くするのです。
例えば
・~30歳もしくは未成年の子どもがいる 1.5票分
・30~40歳 1.4票分
・40~50歳 1.3票分
・50~60歳 1.1票分
・60~70歳 1票分
・70歳~ 投票権無
というような具合です。
(数字は適当です。実際には、年代別人口分布など、様々なことを考慮して考える必要があります。)
このようなアプローチも非常に困難なことには違いありませんが、一つの案になるのではないでしょうか。
まとめ

・現在行われている多数決による民主主義は、歪んで腐っている
・高齢者が優遇されて、子どもや未来の世代が犠牲になる異常な社会
・その根底になるのは、「自分さえ良ければよい」という精神
このように歪んだ社会になってしまっている以上、誰かが犠牲にならなくては正常に戻すことはできません。
現在の高齢者世代に期待することは、当然難しいでしょう。
(もちろん、子どもや未来のことを最優先に考えてくれている高齢者もいます。)
となれば、今の労働世代が割を食って犠牲になるしかありません。
負の遺産というのは、世代を超えて継承してしまいます。
どこかでそれを止める世代が必要なのです。
覚悟を持って、子どもたちやその先の世代のために、誰かがやらなければならないのです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。