今回は、「仕事においては結果が全てか?」ということについてです。
結論としては
仕事においては評価対象は成果のみであり、結果が全て
となります。
「結果が全て」
「結果が全てじゃない。過程が大事。」
どちらもよく言われる言葉ですよね。
どちらが正しいのかという議論になったりもしますが、どちらかが正解でもう一方が間違いというわけではありません。
時と場合によります。
まず前提として、過程が無意味だということはあり得ません。
誰でも、「トライ&エラー」という過程を繰り返しながら成長していきます。
そしてその中から何を学ぶのかということこそが、何よりも重要なことです。
つまり
過程こそが成長の源泉で、どのような過程を経るかで結果が決まる
ということは明らかです。
過程があるからこそ、結果があるわけですからね。
ただし、このことは各々個人の問題です。
自分が結果を出せるように、成長するための過程が大切なのです。
では、「仕事における評価」という視点で考えるとどうでしょうか。
この場合は、結果が全てです。
もう少しわかりやすく言うと
仕事における評価対象は、成果のみ
ということです。
こんなに頑張っているのに、評価されないなんておかしい!!
というようなことを言う人がいますが、残念ながら仕事においては努力などの過程が評価対象になることは、あり得ません。
そしてこのように自分の努力を主張する人自身も、評価する側にまわると誰もが成果のみを評価して、努力などの過程は評価しません。
それでは、誰もが成果のみを評価するということがどういうことなのか、そして仕事においては成果のみが評価対象であることなどについて説明していきます。
誰も努力を評価していない

ほとんどの人は基本的に、他人の仕事を努力ではなく成果でのみ評価しています。
これは、「自分の仕事の頑張りを評価してほしい」と言っているような人にも当てはまります。
印象としては、むしろそのような人の方がその傾向は強いように感じます。
そんなことはない!!自分は成果よりも頑張りを評価している!!
このように言う人も非常に多いですが、そんなことはありません。
自分を美化して勘違いしているだけです。
例えば
・不味かった飲食店には、もう行かない。
・気に入らない髪型にされた美容院には、もう行かない。
・使いにくい電化製品は、もう買わない。
・下クソな医者の手術は、受けたくない。
このような判断は、誰もが日常的に当たり前のように行っていますよね。
さらには、もっと直接的にクレームを入れる人もいるでしょう。
このような判断・行動をするのに際して、サービス提供側の「努力」という過程は評価していませんよね。
不味くて二度と食べたくないけれど、飲食店の店主が頑張って作っているから、我慢して定期的に食べに行くなんてことはしないはずです。
手術が下手な医者もそうですよね。
その医者がどんなに誠実で努力家だろうが、下手であればお断りですよね。
要するに、ほとんどの人は消費者側になったときは
自分が満足な結果が得られるかどうかが判断基準で、過程は評価しない
ということなのです。
「結果が全て」なわけですね。
ただ、これは当たり前とも言えます。
モノを手に入れたり、サービスを受けるために、対価としてお金を払っているわけですからね。
対価を支払っている以上、自分が満足する結果を求めるのは当たり前ですよね。
努力を評価対象にしたら会社は成り立たない

会社などの社員に対する評価も、消費者のサービス提供者に対する評価と同じことが言えます。
そもそも、消費者はサービス提供者である会社に対して過程ではなく結果(成果)を求めます。
つまり会社は、消費者(顧客)に対して結果(成果)を提供しなくてはならないということです。
となれば、会社は成果を生み出さなくてはなりませんから、仕事をしている社員に対して成果を求めざるを得ないのは必然です。
会社は顧客に社員の努力を提供するわけではありませんからね。

このことは、独立して一人で個人事業主としてビジネスを行っている場合を考えると、シンプルでわかりやすいですね。
いくら努力をしても、成果を出せなければ利益を出せずに事業は続けられなくなります。
会社も同様で、社員全員が成果を出せなくても努力を評価する会社があったら、経営は成り立たず確実に潰れます。
ですから本来、仕事における評価対象は成果のみになるわけです。
努力に対して与えられるのはチャンス

では仕事において努力は意味がないかといえば、もちろんそんなことはありません。
努力は評価対象にはなりませんが、努力をしている人にはチャンスや猶予が与えられます。
ただし、努力が素晴らしいことだからチャンスや猶予が与えられるわけではありません。
努力をしているということは、今後成長して成果を出せるようになる可能性があるということです。
その未来の成果に期待をして、チャンスや猶予を与えるのです。
言ってみれば、未来の成果に対する投資ですね。
あくまでも、評価対象であり基準になるのは成果です。
会社からすれば、未来の成果の可能性に投資する価値があると判断すれば、チャンスや猶予を与えるわけです。
ただし、当然ながらチャンスや猶予は無限に与えられることはありません。
成果も出せず努力もしていない人に対しては、チャンスも猶予もないことは言うまでもありませんね。
子どもは成果ではなく努力を評価するべき

大人は仕事において努力ではなく成果で評価をされますが、子どもの勉強などは全く逆にしなくてはなりません。
子どもに対しては、成果ではなく努力を評価するべき
です。
そもそも子どもの目標は、成果ではなく成長です。
ですから、子どもにとっては結果・成果よりも過程の方がはるかに重要なのです。
挑戦して失敗して、経験して学ぶ。そして再び挑戦する。
というサイクルによって、成長していきます。
この過程こそが、成長の糧になるのです。

ですから、はっきり言って子どもにとっては結果・成果はどうでもいいのです。
それなのに、子どもに対して結果・成果を求める親を含めた大人が多いですよね。
「なんでできないの??」
「頑張ってもできないなら、できるまで頑張りなさい。」
などなど。
そのくせこういうことを言う大人は、自分には甘いことが多い気がしますね。
「頑張ってるのに、なんで評価してもらえないんですか?」
とか言っちゃうんですよね。
他人には要求ばかりするくせに自分に甘い大人が、本当に多いです。
大人同士であればまだしも、子どもに対してはよく考えてもらいたいものです。
親を含めた大人は、子どもの頑張りをよく見てあげて、そして結果が出なかったとしても頑張りを褒めてあげてください。
また、子どもは大人を見て育ちますから、親などの周りの大人が頑張っていなければ子どもも頑張らない子になってしまいます。
大人は子どもの見本だということを忘れないようにしてください。
まとめ

・仕事においての評価対象は「努力」ではなく「成果」。
・会社において努力を評価すると、経営は成り立たなくなる。
・努力で得られるのは、チャンスと猶予。
・子どもこそ、成果ではなく努力を評価するべき。
他人には成果を求めるけれど、自分は成果だけでなく努力を認めて欲しい
こんな大人が多いですね。
もう少し広げて考えると
権利ばかり主張して、義務を果たさない
という大人が多いです。
本来、努力などの過程は他人に見せるものではありませんし、ましてやアピールするものでも振りかざすものでもありません。
自分の成長のために自分が行うのが努力です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。